清水さんも書いてらっしゃいますが、あの日の放送、かなり気をつかって、客席を不用意に撮さないようにしていたように見える。

国歌斉唱の時、かなり注目していたんだが、撮している限りの所では、お互い拍手を送るなど、友好的な雰囲気を醸し出していたが、一向に、全体の客席を撮そうとしなかったところをみると、やはり怖くて撮せなかったんだろう。
北朝鮮ファンの客席の上方には、招待席があったらしく、そこには、日本人が座っていたようで、挑発行為があったようなことを、別のブログでも読む。

難しいのは、アジアカップの時のように、いたずらに、対立している光景を取り上げて報道することが、決して、良いことではないということ。だれもが、冷静な判断を下せるようなら、よけいな心配せず、事実を淡々と知らせてもらえればいいのだが、今回は、報道の姿勢に対して、なんとも言えないところが、もどかしい。

実際、アジアカップ前までは、アメリカなんぞと仲良くせずとも、中国を含めた、アジアとうまくやればいいじゃないかと考えていたんだが、あの光景見て、そんな考えは吹き飛んでしまった。

今日、繰り返し報道されている、北朝鮮主席の誕生会を見ても、「大日本帝国万歳」としか見えないので、笑ってみてるわけにはいかなかったりする。全体主義に陥りやすいのは、共通の資質なのだろう。

ライブドアで危険を感じるとすると、ニュースの扱いについてのコメントで、「人気があるニュースだけ扱う」という言葉。
以前も、書いたが、戦前の日本のマスコミは、決して、政府に圧力をかけられたわけではなく、戦意高揚の記事の方が、読者に受けて、売れるから、そっちへ走っていったということ。

でも、朝日新聞は嫌いなんだよなぁ。困ったもんだ。

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